青空が落ちてくる。

are you thinking? われらはシンクタンク『世界征服倶楽部』

 ② また目覚めてしまったの。死んだはずなのに。

 トップがミニのTシャツにジーンズを選んだ。ドレスが続いていたので気晴らしだ。場の雰囲気にも慣れてきたので、まあいいだろう。化粧は合わせてクロゼットがしてくれる。鏡に映る自分の姿を眺めた。悪くない。
「できた、チェス」


 ミハナが振り向くと、チェスはミハナを導くように外に開かれる扉に向かう。
 ルーレットをしに行くのだ。その前に食事。それが日常になっている。いつからか。


 あなたは知っているのでしょう。わたしはあなたに助けられたのか、それとも捕らわれたのか。
 でもそれは語られることがない。あなたが話そうとしないからか、わたしが聞かないからか。それを聞くことを声にすることを、あなたの無言が問いかけているような気がする。
「思い込みすぎだ。その時が来れば解る」
 そう言ってあなたは、箱の中で考える螺旋に落ち込んだわたしを娯楽に連れ出すのだ。その時っていつなの?




2.発見と消失


 ユーシーに誘われて、エレベーターに乗ったんだ。エレベータは上昇して空に落ちていった。そして、気がついたらベッドに寝ていて、そこがこの部屋だった。
 チェスが腹の辺りに乗って回っていた。
「なに?」
 それでも不思議と驚きや恐怖は覚えなかった。ちょうどぬいる実を抱えるような重さだったからだろうか。でも、ぬいぐるみは自分からは動かない。
「ミハナ、朝がいい? それとも夜がいい?」
 言葉は頭の中で聞こえた。
 首を回して周りを見渡す。病院の一室かと思った。指先と足先の感覚があるのに少しホッとした。
「朝焼けがいいかな」
「どういう意味?」
「窓に映る景色をどうしようか、迷っていたんだ。ホッとしたでしょ、いま。大丈夫、身体は全部、以前のように動くはずだから」
「はずって、どういうこと?」
 すぐに言葉が返ってこないので少し焦った。焦る思考が暴走して、今までない自分であるということしか見いだせなかった。
 違うんだ。今までのわたしじゃない。
 なにが違う、それは問題じゃなかった。その事実だけがある。実感はない。
 なにがあったの?
「なにがあったかは、今は言えない。君の体はこの世界には存在しない。今の君は君の意志をそのボディに移植したものだ。不具合があったらいってくれ。できるだけのことはする」
 なにを言われているのか、全く解らなかった。視界と全くかみ合わない。それが身体のせいだといわれてしまえば、とりあえずチューニングするしかない。
 でも、それだけなのか? 疑念が残るのもやむを得ないだろう。
 囚われの身は選択できない。
「ブロンドでグリーンの瞳にして」
「褐色の肌に這わない」
「じゃあディティールに合わせて薄く。白壁はタブーだからね」


 舞台に立った彼女はブラウンの瞳に、赤茶けた髪を靡かせていた。剣を片手に振り上げるシーンは彼女の最高点だったろう。世界の枝ネルーぎーを受けた彼女は、世界の敵に挑みかかるが、実際に世界の敵なんてどこにいるのだろう。
 それを敵と決めたときに敵になる。


 わたし達を敵と決めた敵には断固とした態度を決める。べきではなくならないだろう。



「ここを変えられないならここを出て行く。そういう時が来たんじゃないのかな。それともわたしが呼んだのかな?」
わたしの独り言にチェスは反応したのだろうか。答えは聞こえなかった。


ユーシーはわたしにとってワイルドカードなのだろう。チェスはわたしが彼を買おうとしたとき戸惑いを覚えた。それでもわたしのわがままを通してしまったのは、チェスの優しさ故だろう。優しさは時として自分に向かって槍になる。それを受け止める勇気を優しさって言うのかもしれない。わたしはチェスを守ろうと、そういう発想さえ持っていなかった。チェスが目の前で弾けた瞬間、意識が止まった。自分が終わったのだと思った。
「チェスッ」
銃弾で蜂の巣になった金属の固まりは熱かった。自慢の毛皮は焼けて肉の焼ける匂いを漂わせるだけで無惨だった。
どうして? 
「なんなの? 出てきなさい。許さないから」
「どう許さない?」
振り向くとわたし、でも服装が違う、それだけの自分自身がいた。
「自分でやったことに責任を感じないの? それって、おかしくない?」
足下が、足から地面に伝って崩れていく錯覚を覚える。足かすくむ。




常にベストを求める君はベターを否定する。君といると声を張り上げるが、誰もが見えない、ばかばかしいという。
誰かが君を見ているの、気付いてないの?


「くだらないな」
「そんなくだらない話に何年もつき合わされてきたんだ。なんか言ってやりたい奴がいてもいいだろ」
「死ぬな、それが条件」
「そんなことは別に…」
 くたばり底内の死に神が起きあがったのはその時だった。法被の色に引きずられた一筋にのびる紐はどこは?
「はめたりしないって。あればわたし達のつなぎなんだ。これであんたも生きてどこまでだか解らないけど、見届けたくならないか?」




    *




それからわたしはこの部屋の住人になっている。チェスは自分が主で、わたしが同居人だと思っているかもしれないけど。






エレベーターに乗る前はどこにいたか、その記憶を捜しているのだけれど、見つからない。ここに来るまでのなにかはあったのだろう。それでも、ここがどこなのか、どういうところなのか知らなければ始まらないような気がしている。
わたしは誰なのだろうとか。どこから来たのか、そちらが先なのだろうか。そんなことをぼんやりと考えながら、窓を見ている。
窓と呼んでいる窓はモニターだ。壁の向こうを見るとか外の空気を入れるとか、そんな窓はこの部屋にない。モニターは時間に応じていろんな景色を映している。草原の中で日が昇り、日が沈むと明かりが煌めく都会の夜景がそこにある。それを眺めるのが日常のようになっていた。




チェスが呼んでいる。
ベッドからおろした足首に回転する毛先を感じる。狐の襟巻きに触れられるような感触だ。




チェスは管理人なのだけれど、わたしを管理しているのか、この部屋を管理しているのかは解らない。わたしの言うことは聞くのでわたしのかもしれない。でも、この部屋のなんじゃないかな。この部屋には前の住人がいて、その時もチェスはここにいたらしい。
らしいというのは、なかなかチェスの口が堅いせいだったりする。時々どちらが主か解らなくなる。




一人で外に出ることはできない。チェスが必ずついてくる。常に足首にチェスのふさふさした毛を感じている。心地はいいが安心はついてこない。